
スマートフォンやパソコンの画面を凝視しているとき、無意識に歯をくいしばっている現代人が増えています。実はその”噛みしめ”、身体が発している「全身の緊張サイン」かもしれません。
本来、リラックスしているときは上下の歯は触れ合うことなく、その間にはわずかな隙間があります。しかし、緊張や集中によって無意識に噛みしめている場合があり、それが日常的に続くと身体にさまざまな違和感が現れ始めます。朝起きたときのあごの疲れ、こめかみや頬の張り、肩こり、寝ても疲れが取れないなどの症状です。
自律神経には活動時の「交感神経」と、休息時の「副交感神経」があることはご存じの方も多いと思いますが、現代の生活は視覚(スマホ・PCの光)と聴覚(通知音・街の雑音)への刺激に溢れており、交感神経が優位に働き、常に緊張状態を強いられているといっても過言ではありません。あごの強ばりや口の渇き、噛みしめなども交換神経の亢進から起こり、身体からの「休めていない」というSOSと捉えてよいのではないでしょうか。
噛みしめに気づいたら、まずは頑張っている今の自分を受け止めて、しばしのリラックスタイムを設けることをおすすめします。パソコンで作業されている方であれば、画面から目を離して窓の外の景色をぼんやりと眺めたり、通知音を一時的にシャットダウンして静けさを演出してみるのもよいでしょう。好きな香りをゆっくりと嗅いてください。同時に口元の力を抜いて奥歯の接触を解き、頬やあごを緩めます。最後に息を細く長く吐き出してください。
大切なのは使いすぎた感覚を休め、眠っていた感覚を取り戻すことです。
噛みしめの症状が悪化すると、歯のすり減りやひび、知覚過敏、詰め物の脱落、顎関節症、頭痛などを招くおそれがあります。朝起きたときの激しいあごの痛みや歯の深刻なすり減り、口が開けづらいなどの症状がある場合は、我慢せずに歯科医師に相談されることをおすすめします。


10代の2人に1人が「滑舌の悪さ」や「食べこぼし」といった口の機能に問題を抱えていることが、2022年の日本歯科医師会の全国調査の報告で明らかになりました。
また、山口県歯科医師会が県内の保育所、幼稚園などの保育施設や保護者を対象に行った調査でも、「硬い物が食べられない」「噛み砕いた食べ物を飲み込めない」など子どもの口腔機能の発達が不十分であることを示す深刻な実態が浮かび上がっています。保護者へのアンケートでも、全体の30.4%が「無意識に口をぽかんと開けている」と回答したほか、30.1%が「食べ物を早く食べる」と答えており、よく噛まずにお茶や水で流し込む「丸のみ」が常態化していることがうかがえました。
これらは口の周りの筋肉や舌の力が弱く、舌が正しい位置に上がらないことが原因といえます。このように噛む力が未発達のままだと言葉の発音が不明瞭になったり、歯並びや噛み合わせが乱れたりするといった問題が生じやすくなります。これらは将来の口腔機能の衰えを加速させるリスクにもつながるので早めに対応したいものです。
子どもが噛めないからといって、軟らかい食べ物ばかりを与えたり、食材を小さく刻んだりするのは逆効果といえ、具材はあえて少し大きめに切りましょう。そして大人が目の前でよく噛んで食べる姿を見せることで、子どもの「まねしたい」という気持ちを引き出すことが大切です。
また、昔ながらのおもちゃである「吹き戻し」を活用して息を吹く力や口元を鍛える方法があります。この「吹き戻し」は優れた口腔・嚥下機能訓練器具として介護現場でも活用されていて、こうした遊びを取り入れた訓練は子どもも嫌がりません。また、年長児にキシリトール入りの風船ガムを毎日2枚膨らませる訓練を2カ月間実施したところ、実際に噛む力が増したという報告も出ています。
よく噛んで食べ物と唾液が混ざると飲み込みやすくなることを子ども自身が実感することが重要で、そのためにも大人は食事の時間に子どもをせかさず、楽しく集中できる環境を整えてあげるとよいでしょう。


汗ばむ季節に気になる「におい」。実は夏、冷房による乾燥などが原因で口の中が乾く「ドライマウス」になりやすく、それが原因で口臭がきつくなる人が増えているのをご存じですか。
ドライマウスは唾液の分泌量が減って口内が乾燥する病気で、国内の潜在患者は約3,000万人とも言われ、なんと患者の9割以上が女性、さらにそのうちの9割が50代以上です。更年期によるエストロゲン(卵巣で作られる代表的な女性ホルモン)の減少や、自律神経の乱れが大きく影響しています。
口の中が乾くと感じている方は以下の自覚症状に心当たりはありませんか?
・口の中が乾燥する、ネバネバして不快
・笑うと前歯に唇がくっつく
・パンなどの水分の少ない食べ物が食べにくい
・口の中や舌がヒリヒリしたり、傷みがある
・しゃべりにくい
・口臭が気になる
ドライマウスを放置すると口臭の悪化だけでなく、味覚障害や口内炎、さらには虫歯・歯周病、誤嚥性(ごえんせい)肺炎のリスクまで急激に高まります。チェックした項目が多い方は、歯科医院を受診して検査を受けることをおすすめします。
なぜ口が乾くと臭うのでしょうか。唾液は「天然の抗生物質」ともいわれ、口内の汚れを洗い流す「自浄作用」と、細菌の増殖を抑える「抗菌作用」があります。ドライマウスで唾液が減るとこの作用が低下し、洗い流されずに残った細菌が食べかすなどのタンパク質を分解し、その際に悪臭を放つガスを発生させるのです。
こうした口臭予防に欠かせないのが歯垢(プラーク)の除去です。プラークの正体は食べ残しではなく、細菌の塊で、プラーク1㎎の中には1億〜10億個もの細菌が生息し、ドライマウスの状態ではさらに増えやすくなります。プラークは粘着性があるため、うがいでは除去できないため、ブラッシングが必要です。ただ、歯ブラシだけでは汚れの50〜60%しか落ちません。必ずデンタルフロスや歯間ブラシを併用しましょう。
夏場は汗やエアコンで口内が乾き、口臭リスクが高まることは意外に知れていません。こまめな水分補給で口の渇きを防ぎ、フロスを使った丁寧なケアで、夏の口臭リスクを抑えて爽やかな夏を過ごしたいものです。


日本では「虫歯になったら治せばいい」と考えがちですが、海外では話が別です。海外に移住して改めて日本の医療制度のありがたみ知ったという声をよく聞きますが、その実情について一例をあげるとたとえば、カナダ(ブリティッシュコロンビア州)で現地の歯科医院で定期検診(レントゲン撮影、歯のクリーニング、歯科医師によるチェック)を受診したところ、約7万円を請求されたという報告があります。日本で健康保険が適用される場合、数千円で済むことが多いため、まさに「桁が違う」出費です。歯科医院からは半年ごとの通院を推奨され、4人家族全員が年2回受診するとなると、年間約56万円という莫大な費用がかかる計算になります。
小児の抜歯では診察・レントゲンで約1万円、麻酔・抜歯で約3万円と合計4万円が提示され、大人の歯根破折の応急処置に4万円、その後の抜歯に3万円、そこにブリッジ治療すると数十万円かかるのが相場とのことです。
これだけ費用がかさむため、海外に住む多くの日本人が一時帰国して歯科医院へ駆け込むことも珍しくありません。日本で健康保険を解約していて「10割負担(自費診療)」で治療を受けたとしても、カナダで治療するより日本の方が安いという逆転現象が起きているほどです。
海外の高額な治療費への恐怖は当然ながら「意識の変化」をもたらし、日々の歯磨きは「全力のセルフケア」となります。海外の人たちの口腔ケアへの意識の高さはこうしたやむにやまれぬ事情があるといえるのかもしれません。
「健康な歯は最大の資産」と言われますが、海外においては文字通り「銀行残高」に直結し、日本においても経済的にはもちろん、元気で自立した生活を支えて人生の幸福度に直結することにはかわりはありません。日本の歯科医療は技術の高さ、丁寧なサービス、圧倒的な安さと世界的に見ても極めて恵まれた環境にあることに感謝しつつもそれに甘えることなく、日々の口腔ケアに励んでいきたいものです。


親知らずの抜歯は現代ではごく一般的な処置のひとつです。しかし、そもそも親知らず(第三大臼歯)は、厳しい環境を生き抜いてきた人類の祖先にとっては、重要な役割を担っていました。初期の人類は食糧難の際には地中の植物の茎や硬い木の実、繊維質の多い植物の皮なども食べましたが、こうした非常に噛みごたえのある食物をすりつぶすために、広い噛み合わせ面と厚いエナメル質を持つ親知らずは欠かせない“道具”だったのです。
そんな大事な存在だった親知らずが現代は抜歯の対象となり、親知らずの地位がなぜこれほど低下したのでしょうか。そのきっかけは進化の過程で起きた脳の飛躍的な増大にあります。発達した脳の容量を確保するため頭蓋骨の構造が変化し、顔の骨格、とくに突出していたあごが引っ込んで、歯の並ぶスペースが短くなってしまったのです。
さらには私たちの先祖は火を使う以前から、硬くて噛み切れない食べ物を石器などの道具を使って切ったり叩いたりし、食べやすく加工してきました。研究によれば、食べ物を叩く、切るという加工を加えて細かくし、さらに食事の1/3を肉にしたところ、1年間の咀嚼回数が約200万回(13%)も減るという結果が報告されています。
このようにして人類は「知能と道具」であごの負担を減らしてきた結果、あごは小さくなっていったのです。
それなら、あごの大きさに合わせてなぜ親知らずは退化しなかったのでしょうか。それは歯の成長を制御する遺伝子は歯だけでなく、あごや頭蓋骨、さらには全身の発達にも関わる重要な役割を担っているため、親知らずだけをピンポイントでなくすという単純な変化は起こりにくいためです。「小さくなったあご」と「変わらない歯の数」というミスマッチが、親知らずがさまざまなトラブルを生む原因となっています。
とはいえ、生まれつき親知らずがない人も欧州では約9%、東アジアの一部では30%以上と増えており、進化が止まっているわけではありません。ただ、この変化が人類全体に広がるには、非常に長い時間が必要と考えられています。
親知らずは人類が歩んできた進化の歴史を物語る存在です。歯科医院等で親知らずを意識する機会があれば、その壮大な進化のドラマに思いを馳せてみてはいかがでしょうか。

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