親知らずを巡る壮大な進化のドラマ

“不要な歯”ではなかった
親知らずの抜歯は現代ではごく一般的な処置のひとつです。しかし、そもそも親知らず(第三大臼歯)は、厳しい環境を生き抜いてきた人類の祖先にとっては、重要な役割を担っていました。初期の人類は食糧難の際には地中の植物の茎や硬い木の実、繊維質の多い植物の皮なども食べましたが、こうした非常に噛みごたえのある食物をすりつぶすために、広い噛み合わせ面と厚いエナメル質を持つ親知らずは欠かせない“道具”だったのです。
そんな大事な存在だった親知らずが現代は抜歯の対象となり、親知らずの地位がなぜこれほど低下したのでしょうか。そのきっかけは進化の過程で起きた脳の飛躍的な増大にあります。発達した脳の容量を確保するため頭蓋骨の構造が変化し、顔の骨格、とくに突出していたあごが引っ込んで、歯の並ぶスペースが短くなってしまったのです。
さらには私たちの先祖は火を使う以前から、硬くて噛み切れない食べ物を石器などの道具を使って切ったり叩いたりし、食べやすく加工してきました。研究によれば、食べ物を叩く、切るという加工を加えて細かくし、さらに食事の1/3を肉にしたところ、1年間の咀嚼回数が約200万回(13%)も減るという結果が報告されています。
このようにして人類は「知能と道具」であごの負担を減らしてきた結果、あごは小さくなっていったのです。
今でも親知らずが生える理由
それなら、あごの大きさに合わせてなぜ親知らずは退化しなかったのでしょうか。それは歯の成長を制御する遺伝子は歯だけでなく、あごや頭蓋骨、さらには全身の発達にも関わる重要な役割を担っているため、親知らずだけをピンポイントでなくすという単純な変化は起こりにくいためです。「小さくなったあご」と「変わらない歯の数」というミスマッチが、親知らずがさまざまなトラブルを生む原因となっています。
とはいえ、生まれつき親知らずがない人も欧州では約9%、東アジアの一部では30%以上と増えており、進化が止まっているわけではありません。ただ、この変化が人類全体に広がるには、非常に長い時間が必要と考えられています。
親知らずは人類が歩んできた進化の歴史を物語る存在です。歯科医院等で親知らずを意識する機会があれば、その壮大な進化のドラマに思いを馳せてみてはいかがでしょうか。

医院案内
治療案内